Lu-na Blog

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2014.01.28 Tuesday

価値観



にゃーす!










みて、この走り方、
きったな、、(笑)









2年前
バイトを変えようとしたときと
おなじ感覚
いや、今回はバイトのことではないけど



ひさしぶりに、
ふつーに生きてるなかで、

あ!
これ人生の変わり目なのかな?と、
そんな雰囲気を
かんじる部分があったりして



大きい出来事はなんにもありません
小さいことの積み重ねが
ひとりで大爆発を
まきおこしているだけです





生きていて嫌におもったことすべて
わたしは反面教師だとおもっています

愛すべき教え、
自分に吸収したいと、
自分はそうならないぞ!と









わたし

分かり合えないことは
もうどうでもいい

認め合えたら、それでいいと、

そうおもうようになりました




ひとの目をみて話をきくとか

それだけじゃないけど

そんな当たり前を
わたしはわざわざ押し付けていたのです



価値観は人それぞれです


お酒を飲んで車を運転することが絶対に駄目だと思っているひとがいれば
ゴミをポイ捨てするのが絶対駄目だっていうひともいるとおもう
そのどちらも常識的に考えて駄目なことはみんなが知ってる
ことの重大さは対して関係なくて

飲酒運転で事故して誰かが傷つくかもしれないし
ポイ捨てした煙草で誰かにヤケドさせるかもしれない

これくらいいいだろうって
おもうことが
小さくても大きくても
その結果論じゃなくて
過ちに繋がることは確か


人を殺すことを実行にうつして捕まらずにのうのうと生きてるひとがいれば
その裏側で泣いてるひとがいる

常識的に考えて
決まりを守れないことの価値観は
みんながみんな違ってる
これは許せる許せない、するしないの線引きが
誰にでもあるとおもう

ライブを聴くときマナーが悪いなとおもうひとがいれば
それをしてる本人もいる
駄目だとわかっていても声をあげられないひともいれば
それくらいいいんじゃないとおもってるひともいる



自分の価値観を押し付けて
他者に理解してもらうことを
分かり合う、と表現するならば

譲歩し合って、
お互いが真ん中くらいに立てる打開策を見つけることも
分かり合う、と表現するのならば




自分の意見を飲み込んで
相手の価値観を受け入れることや

相手がこちらの考えを理解してくれて
受け入れるか受け入れないかは別として
穏便に理解を示してくれることを
認め合う、と表現するならば

それでいいや、って
おもってしまう程
執着心もないし
興味も持てない

争いごとは嫌いなのです




言ってもらえてるときが華、
なんて言葉があるけど
その通りだな





自分に向けられた誰かの言葉は
一度必ず受け入れて、
こころのなかに落とし込んで
よく噛み締めてから自分の考えを話す

自分の言ったことに責任をもつ



何度も飲み込む。
何度も何度も飲み込む。
ことばが自分の手から離れたときに
それを受け取る本人、ことを知らないひと、不特定多数がかなしいおもいをしないように



自分のことばに責任をもつっていうのは
どうしてそう言ったのか
ちゃんと意味があるかってこと

それを肯定できないのに
言ったことをなかったことにすればいいやっていうのはできない




そして一番大事なのは
人の話を最後まで聞く



あとはありがとうとごめんねを
素直に言える人間で在りたいとおもってる





何を持ってそう言われたのか
よく考える

あなたのことがどうでもいいなら
そのひとはわざわざ言わない

現にわたしは
どうでもよくなったから
もう言わない





これはわたしの価値観

誰にも押し付けない



わたしが勝手にそうしてるだけ





価値観の違いなんて
そんなことばで終わりにするなんて
もう二度としたくない、
できることなら
分かり合えなくていいから
違いを、認め合いたい








なんて、
ここまでは昨日の夜中に書いてたんだけど

ほんとにこんなことになるなんて
おもってもみなかった






きょうが
エイプリルフールだったらいいのに

みんな遠くにいっちゃう









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