Lu-na Blog

Lu-naのブログです。

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2015.05.17 Sunday

見届ける



帰り道です。



見届ける

どう転ぼうと、
見届ける。


転ぶの前提だけど。












速い乗り物に乗って
あっというまに
距離が離れていけばいく程
頭はどんどん冷静になるものだなぁと










気の持ちようなのです

夢がさめることはないのです
わたしがそれを望めば







しあわせとふしあわせと
便利と不便と
すきときらいと
もういやだとまだがんばれると

対極で交わらないふたつが
常に頭のなかでかけめぐって

自分のしあわせはなにかと
問い続ける




わたしは
いま脳内で描ける最大級のしあわせは
なにかもう知ってるんだけど

それが選べなかったから


そこからの道が決められなくて
ふらふらしてる

ふわっとしてる







いつものようにがんばれなくて
なんだかもやもやしてるのは
抗えない時の流れも
いっしょう変わらない家族の繋がりも
追いたい夢も
追って欲しい夢も

ぜんぶぜんぶを考えて






得意の
どーにかなるか!が
言えない程
考え方がシビアになってきたのだなと


ちょっと大人じゃん笑

















そーらをとぶー
とりのーようにー
自由に生きるー

今日の日はさようなら
また会う日まで

また会う日まで









ありがとう


2015.04.21 Tuesday

よこやり

よこ‐やり【横×槍】

《2が原義》
1 第三者がわきから口を出して文句をつけること。容喙(ようかい)。「親族から―が入る」
2 両軍が合戦中に、別の一隊が側面から槍で突きかかること。
「東より東条近江守二千余人―に懸かりけるが」〈応仁記・二〉
提供元:「デジタル大辞泉」- 凡例







かなしいことがあった
わりとしょーもないんですけどごめんなさい

わたしがいつも利用しているメルカリというフリマアプリ

いまお目当てのものがあって
なかなか出品されないしされても人気ですぐソールドアウトしちゃうから
一生懸命チェックしてて



きょうのお昼休みにみてたら
どストライクに欲しいやつがあって
コメントに購入希望ですよろしくお願いしますって書いて
お返事を待ってる隙に

ほんと10分とかですよ

だれかに買われてしまいました





コメントはみんなが読めて
交渉してる最中なのも見れるんですが
交渉希望してるひとがいるなーって
わかったら買わないのが常識ですし
いままでこんなことなかったから
すんごいかなしかったし
すんごい腹たちました

人間不信に陥りそうなレベルです笑









常識で考えて、とか
空気を読んで、とか
人それぞれちがうのは理解しています
できるできない得意不得意
もちろんあって然りなのですが

これはひどく落胆しました、、
わたしも現実世界でこんなことにならないように気をつけよう、、








そうそう髪切りましたよ
1年1ヶ月ぶりという
とんでもない記録たたきだしました

すんごい伸びてたのよ。
これ。








さっぱり。
ミルクチャンのトレーナーが毎日のパジャマどえす









メルカリおすすめです。
(〆)


にゃーす!

2015.04.03 Friday

こころ穏やかに

にゃーす!

とっても元気です。心配させてるひとがいたら申し訳ありません。

すごくこころ穏やかな日々を過ごしています。

わたしは、
世間一般のひとがおもってる
当たり前とか普通とか
それができなくて悩んでて
でもこの歳になってまた学べて
少しずつできることがいま増えてきて
本当にうれしいです
人間に一歩近づいた気がします笑




ライブも決まっています。

4月29日(水祝)
@総社リブ

5月9日(土)
@イオンモール津山

5月26日(火)
@岡山MO:GLA











最近すごく好きな歌があって
延々リピートでその歌ばかり聴いていて


彼女は、なんのために歌っているのか、
だれのために歌っているのか、
と考えたときに

じゃあわたしは
なんのために、そして
一体だれのために
歌っているのか、
と改めて考えさせられて

わたしは、
だれのためでもなく、
自分のために歌っているんだなぁと
素直にそうおもえました


自分の「不安定」を「安定」させるために歌う。
自分のために歌った歌、
それが、ほかのだれかに響いているのならば
そんな幸せなことはないなぁ














この春は、わたしにとって
一生忘れられない春になりました。


どの1年ももちろんかけがえのないわたしの大事な宝物だけれど、この1年は本当に濃かった。









今を大切に生きたいと、
そして
先のことも見据えても居たいと、
そうおもいます
わがままだけれどね





あしたからまた雨ですね
桜はもう来年までおあずけか、
とおもうと
もう一生見たくないような気持ちになる

0か10か、
この性格は一生なおんないんだろうなぁ





最近だいぶLu-naじゃなくなってきたけど
わたしはいまもここで息してます。

Lu-naとしてステージで皆様にお会いできることをたのしみに今夜は眠りにつこうとおもいます。


blog見に来てくれてる方、本当にありがとう。



おやすみにゃーす!




2015.03.02 Monday

夢が叶っていく感覚






「またひとつ夢が叶った」

わたしの音楽人生は
まさにこれの連続だとおもう



そしてまた
新たな夢と目標にむかって進む




歌を歌いはじめて、
ふつうにはできない体験をわたしはいくつもすることができて
それまでの過程がしんどければしんどいほど
そのきもちは大きかったし
きもちのいい達成感もあった





わたしにはそれが音楽だっただけで
音楽じゃなくてもなんでもそうだよなぁとあらためておもう


人生そのものがそう



仕事で成功したり
結婚したり
家を建てたり
子どもができたり育てたり

夢だったことが叶う感覚







きょうライブのMCでも申し上げましたが
この1年いろんな心境の変化がありました


わたしの望む結果にはならなかったけど
無駄な時間だとはおもいません







いくつもこんな夜と朝を乗り越えてきたはずなのに

人間って不思議だ












こんなきもちのひとつさえ
ここに書けないなんて

弱虫だなぁ

またおいおい。



2015.01.02 Friday

年末年始の休暇について

明けましておめでとう。



昨年のお正月は、8月におばあちゃんが亡くなったので、おめでとうが言えなかった。
元旦からアルバイトだったので、
会う人会う人に、おめでとう、と言われ、本当に返す言葉に困った。
それに、「おめでとう」と笑顔で返せないのは心苦しかったりもした。

それはTwitterもfacebookもいっしょ。

物心ついて、意識的に、ぜったいに、(わたしはぜったいという言葉が大嫌いですがここでは敢えて、)明けましておめでとうが言えなかったのは去年がはじめてだった。



今年は、何のためらいも迷いもなくおめでとうが言えるはずだったのに、
おめでたくない人からしたらどんなきもちがするのだろう?なんて考えるとなんだか自分からは言えない気がした。
だからここで静かに。

明けましておめでとう。









年末年始で、普段当たり前にかんじてるいろんな社会のシステムが止まってしまった。

きょうは欲しいものがあったので疲れた身体に鞭打って少し車を走らせ遠くの大きなダイソーに行った。





閉まっていた。

とてもたのしみな買い物だったから、悲しみは大きく、帰り道があっという間に感じる程、ぼうっとしていたようにおもう。




そしてこれも、「非」日常。
大好きでもう9年も務めているバイト先で昔のように毎日働けるのだ。
しかも毎日忙しいときた。
夢のよう。
死ぬ程たのしい。死ぬ程疲れる。
死ぬ程たのしい。死ぬ程疲れる。


こんな機会は、年に一度、年末年始だけ。もうひとつのメインのバイト先がお休みになるから。




飲食で長い間働いている身としては、
そのシステムはすごく当然で、止まらないもので、例えわたしが居なかろうが、そんなのお構いなしでそのシステムは永遠に回り続ける。ただわたしじゃない誰かがお店を守っているのだ。
人を相手にする仕事に休みはないというのが当たり前のわたしからすればなんてことはないけれど、休むのはやっぱり大事だし、このお正月という盛大な行事は確かに、年に一度ないといけないんだろうな、ともおもう。大事なひとに顔を見せに行かなきゃいけないからね。


それにしてもきょうダイソーが閉まってたのはほんまにショックだった。
だって当然やってるとおもったから。
それはわたしの偏見なんだけど。
出直します。
















年末年始が苦しい。
早く終わって欲しいような、もう一生味わいたくないような、中毒性のあるクスリみたいに、だめだってわかってるのに味わっていたいような、そんなきもち。


数日会わないだけで、赤の他人なんじゃないかとおもう。
数日システムが止まるだけで、数日考えないだけで、数日足を運ばないだけで、わたしはその場所や関わる人たちの記憶から消えているんじゃないかとおもう。

正直消えていたらいいのに、ともおもう。



こんな短い人生の、これだけしかない限られた時間に、どうしてやりがいもない、どうして関わりたくもない、人たちやものに囲まれているのか。

この謎は、いつまで経っても解けない。


だってわたしは明日死なない。
死ぬかもしれないけど、わたしにはそれが分からない。
だから、たくさんの荷物を捨てることができないんだとおもう。



その荷物がもしカタチのあるもので、わたしが明日死ぬんだったら、今すぐこのベランダから放り投げてやりたい。
丁寧にさよならを言って、力いっぱい放り投げて、不甲斐なくてごめんなさいと泣く。
身勝手で何が悪い。
これはわたしの人生だ。


でも、わたしにはそれができない。
口ばっかりであまりにもダサい。
人からの見え方を気にするわたしは、いつも八方美人で、いつもおちゃらけてて、いつも知らないフリしてにこにこ笑ってる。
それが、システムが上手く回るためだからとおもってる。






必要なものばかり抱えて生きていきたいきもちもあるし、それじゃぷかぷかぬるいんじゃないかなんて、0か10かの極論なんだけど。

たったひとりには、
ほんとうに大事なひとには、
大事だと、吐き棄てるように言わないで、
心を込めて、あいしてる、そばにいて、って、ゆっくりゆっくり言いたい。







2015年のはじまりは、わたしにとっては大事なじかん。嫌なことはひとつも考えずに、ひとりで過ごす大事なじかん。


撮りためた写真を、ひとつずつアルバムにしまっていくような、丁寧で地味で愛おしい作業。




噛みしめる幸せは、だれにも分けてあげられそうにない、不器用なわたしにお似合いの、手のひらいっぱいサイズ。






どんな一年になるかな。
どんな一年にしたい?


わたしの年末年始はあと1日。
まったりゆったりかんがえる。




28歳目前の、戯言でした。




今年もよろしく。






トレーナーの背中にリボンひっついてた。



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